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神戸地方裁判所 昭和33年(ヲ)1054号 決定

申立人(債務者) 薬師要蔵

相手方(債権者) 有限会社二和護謨工業所

主文

本件異議の申立を却下する。

申立費用は、申立人の負担とする。

理由

本件申立の要旨は、「相手方は、申立人を債務者として当裁判所に申し立てた昭和三三年(ヨ)第三九五号仮処分申請事件において、同年九月二二日、『債務者(本件申立人)は、別紙目録記載の建物内に設備されている経一四吋ロール機一台、経一二吋ロール機一台、五〇馬力モーター減速機付一台、七・五馬力モーター一台、五馬力モーター一台、タイヤ蒸罐長さ一〇尺一本、同長さ五尺二本、ラツピング複式一台、同単式一台、設備されたパイプ一式、同電気装置一式及びタイヤーくせ付機四箇を備付箇所から取り外し、又はこれを備付工場外に搬出するなどして、債権者(本件相手方)のこれらの物件の使用を妨害したり、第三者に妨害させたりしてはならない。』という仮処分決定(以下『本件仮処分決定』という。)を得たところ、当裁判所は、即日同決定を申立人に送達することによりその執行をなした。(債務者に不作為を命ずる仮処分の執行は、仮処分命令の送達自体である。)しかしながら、右仮処分の執行は、これに先行する別件の仮処分の執行と一部牴触するものである。すなわち、本件仮処分決定がなされるに先立ち、藤原真二(債権者)、本件申立人(債務者)間の当裁判所昭和三三年(ヨ)第一五四号事件において、『別紙目録記載の建物に対する債務者(本件申立人)の占有を解き、債権者(藤原真二)の委任する神戸地方裁判所執行吏に保管せしめる。執行吏は、債務者の申立があるときはその現状を変更しないことを条件として右建物の使用を債務者に許さねばならない。この場合執行吏は、右建物がその保管にかかることを公示するため適当な方法をとらねばならない。債務者は、右建物内においてあらたにコンクリート等堅固な基礎を要すべき機械の設置その他の設備をしてはならない。』という仮処分決定があり、即日その執行がなされ、現在なおその執行された状態が継続している。つまりこの仮処分により、別紙目録記載の建物は、申立人が使用することを許されているのであるが、相手方が使用することを許されているわけではない。しかるに、その後相手方が得た本件の仮処分決定によると、同決定表示の機械類は、当然相手方においてこれを使用し得ることになつているのであるが、これらの機械類は、すべて別紙目録記載の建物内に存在しているから、同建物を使用しないで機械類だけを使用することは不可能である。それ故、本件仮処分決定は、先行仮処分で使用を許されていない物件にかかる使用権原の存在を前提としてなされている違法のものであるから、その執行も先行仮処分の執行と間接的に競合するものとして許さるべきではない。よつて、民事訴訟法第五四四条に基き右違法の執行処分に対し異議を申し立てる次第である。」というのである。

しかしながら、当裁判所は、申立人の主張自体に照らし本件異議の申立が訴訟法上許されないと考えるものであつて、左にその理由を述べる。

そもそも債務者に不作為を命ずる仮処分の執行がその仮処分命令を債務者に送達することであるという説は、かなり広く行われてるが、かような考え方にはにわかに賛成することができない。仮処分命令の送達は、当該仮処分命令が判決の形式でなされている場合にあつては、言渡により効力を生じた裁判の内容を当事者にさらに詳知させ、上訴すべきか否かを検討するについての便を与えるためのものであり、仮処分命令が決定の形式でなされた場合にあつては、その裁判の告知方法にすぎず(民事訴訟法第二〇四条第一項)、いずれにせよ強制執行の観念とは無縁のものである。ただ、例えば債務者に会社取締役の職務の執行を禁ずる仮処分命令(商法第二七〇条第一項)のように、ひとしく債務者に不作為を命ずる表現形式をとつているが、実際には一定の地位の一時的制限、剥奪を内容としている仮処分命令は、その言渡又は送達により効力を生ずると同時にその内容が実現される点において、一般の確定又は仮執行宣言付形成判決が言い渡された場合と異ならないが、この場合における裁判の内容の実現も、いわゆる広義の執行にあたるとしても、執行機関による裁判の内容の強制的実現たる強制執行の観念には親しまないものである。また、わが民事訴訟法上裁判の送達は、職権をもつてなされるのであるから、送達即執行という考え方をとると、債権者の申立なくして強制執行が開始するという奇妙な結論に到達する。不作為を命ずる仮処分の強制執行は、債務者が不作為義務に違反した場合において、同法第七五六条、第七四八条によつて準用される同法第七三三条、第七三四条等により違反の結果の除去という形で行われるものであつて、それ以外にはあり得ないのである。

しかるところ、本件において申立人は、債務者たる申立人に一定の不作為を命じている本件仮処分決定に基き、いかなる執行機関がこれらの法条に準拠するところの不作為義務違反の結果の除去に向けられたいかなる具体的執行処分をなしたかを明らかにすることなく、単に右仮処分命令の送達自体が執行であるとの前提を固持し、その送達が違法であると主張しているのであるが、前段に詳述したとおり、右の前提自体が根拠に乏しく、申立人が本件仮処分決定の執行であると称するその送達は、民事訴訟法第五四四条にいう強制執行の方法にあたらないと解すべきであるから、これを不服として同条に基きなされた本件執行の方法に関する異議の申立は、既にこの点において許されぬものといわなければならない。

(なお、申立人が異議の事由として主張している仮処分の牴触に関する見解も、甚だしい強弁であつて採用に価しないものである。)

よつて、本件異議の申立を却下することとし、なお、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 戸根住夫)

目録

神戸市須磨区鷹取町一丁目七番地上

家屋番号 八番の二

木造瓦葺平家建工場 一棟

建坪 七七坪

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